10 「流されたわけじゃない!」

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「――――イヤです」  リビングのローテーブルを挟んで、久志と落ち着きを取り戻した夏樹が座っている。  心細かったとはいえ、自分から久志に抱きついてしまった。今更ながら顔から火が出そうな心持ちの夏樹は、俯いたまま顔を上げることができないでいた。 「夏樹、私を困らせないでくれ。多少の君のわがままは可愛いが、これだけは譲れないよ」 「お、俺だって……ゆっ、譲れないです」  テーブルの表面を見つめたまま、頑なに首を横に振る夏樹に久志がため息をついた。 「昨日鍵を替えたばかりで、また誰かがこの部屋に入ってきたんだろう? もし君が寝ている間に入って来られたらどうするんだ」 「内側からチェーンをかけます」 「あんなチェーンなど、それなりの道具があれば簡単に切れる。鍵だって簡単に開けられているじゃないか」  久志の言葉に夏樹が口を噤む。 「だ、だからって……何で俺が紺……久志さんの家に行かないといけないんですか」 「私のところの方がここよりも遥かにセキュリティー面で安心が出来る。君は何が気に入らなくて私の所に来るのをそんなに拒むんだい?」  男同士だし表面的には何も問題はない。だが、夏樹の恋愛対象は男性なのだ。  しかも自分のことを好きだと言って、普段から人目もはばからずくっついてくる男とひとつ屋根の下で寝起きをするなんて、恋愛スキルの乏しい夏樹にとって大問題だ。  はいそうですねと簡単にお世話になる訳になんていかない。 「…………」 「夏樹、顔を上げてくれないか? ちゃんと君の顔を見て話したい」  いつもは自信に満ちている久志の弱った声に、夏樹が思わず顔を上げた。 「――心配なんだよ。今日はたまたま私が近くに来ていたから良かったが、君が一人の時に知らない誰かが部屋に押し入ってきたら、君はちゃんと立ち向かうことができるのか?」 「…………っ」 「それじゃあ、こうしよう」  久志はテーブルの上に置かれた夏樹の手の上に自分の手をそっと乗せた。
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