10 「流されたわけじゃない!」

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 夏樹が諾と返事をしてからの久志の行動は早かった。  渋る夏樹を追いたてるようにして当座の着替えなどの荷物をまとめさせると、荷物ごと夏樹を車に押し込み、一時間もしないうちに自宅へと連れ込んだ。  二十畳はありそうな、広いリビングの中央に据えられた大きなソファの隅っこで、夏樹は今、借りてきた猫のように体をこわばらせていた。  座り心地がいいのか悪いのか、ふかふかしすぎる座面に体が安定せず落ち着かない。 「…………」  夏樹は失礼にならない程度にキョロキョロと視線を動かし、辺りの様子を窺った。  以前、同じ敷地内に芹澤が住んでいると聞いていたため、夏樹はてっきり広い庭のある邸宅にでも連れて行かれると思っていた。  だが、久志からここが私の家だと連れてこられたのは、一目で上流階級の人たちが住まうと分かる高層マンションだった。  建物に入ってすぐの所で、二十四時間常駐だというコンシェルジュに同居人だと紹介され、久志の自宅内へと招かれたのだが、そこはまるで映画やドラマに出てくるような洗練された空間だった。 「どうかしたのかい?」 「――ひっ!」  背後からかけられた声に、夏樹は大袈裟なくらいにびくっと体を強ばらせた。  そんな夏樹の様子をおかしそうに眺めながら、部屋着に着替えた久志がココアの入ったマグカップを夏樹に手渡す。 「あっ、ありがとうございます」 「もしかして緊張してる? 大丈夫。私は嫌がる君にどうこうしようとは思っていないから、安心しなさい」 「…………はい」  根っから庶民の夏樹が慣れないおしゃれ空間に緊張していただけだったのに、久志からかけられた言葉で、数日間とはいえこれから彼と二人で毎日を過ごすんだと再認識させられてしまった。  マグカップを両手で持ち、こっそり久志のことを窺い見る。  久志は首回りがゆったりとしたカットソーにアースカラーのコットンパンツを合わせていた。  特にこれといった特徴のない服装なのだが、これまでスーツ姿の久志しか見たことがなかったため、部屋着で寛ぐ彼の姿に夏樹は不覚にもときめいてしまった。
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