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「そうなの? じゃあ私も帰ろうかな」
「――――え?」
「時間も遅いし、送ってあげるよ。松本くんみたいに可愛い子を一人で帰らせるなんて危ないからね」
「いや、俺……僕、もう大人ですし、ご心配頂かなくても大丈夫です」
「遠慮なんてしなくていいんだよ」
そう言いながら、青嶋が夏樹の肩に手を回してくる。夏樹は自分の肩に回された手を何とか外そうと身を捩った。
夏樹のささやかな抵抗など、経験豊かな六十手前のタヌキには通用しない。夏樹は抵抗むなしくタヌキにお持ち帰りされるはめになってしまった。
週末の夜の繁華街は、終電の時間など関係なくあちこちできらびやかに電飾が輝いている。
青嶋からの接触をぐずぐずとかわしているうちに終電を逃してしまった夏樹は、ため息をつきながらタクシー乗り場へ向かって歩いていた。
「松本くん、どこへ行くんだね?」
「――はい?」
自分が送ると言ったとおり、店を出てからも夏樹の隣には青嶋がべったりとくっついている。
とりあえずタクシーに乗って先に帰ってしまえば何とかなるだろうと、タクシー乗り場へと急いでいた夏樹を青嶋が呼び止めた。
「え? どこって……」
夏樹がタクシー乗り場の方向を指差す。
「違うだろう。ほら、こっち」
「……え、えっ?」
青嶋が夏樹の肘を掴んで、タクシー乗り場とは反対の方角へぐいぐい引っ張っていく。いったい、自分をどこへ連れていこうとしているのかと夏樹は青嶋の進行方向へ目を向けた。
「――えええっ!? ちょ、ちょっと待って下さいっ!」
夏樹の視線の先には、ご休憩だとか、タイムサービスだとか、ご宿泊などという看板が軒を連ねている一画があった。
休憩なんて必要ないしタイムサービスも利用したくない。ご宿泊なんてもってのほかだ。
「ここまで来て何を言うのかね? 君も分かってて私と一緒にいるんだろう?」
いや、あんたが勝手にくっついて来ただけだろうがと言いたいのだが、驚きと焦りで声にならない夏樹が口をぱくぱくさせて青嶋に訴える。
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