冷たい雨

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 校舎の裏側のフェンスはいつの頃からか大きな穴が開けられていて、道路を挟んで向かいにあるコンビニへの近道として、生徒に有効活用されていた。  新島は、物理実験準備室に外用のサンダルとオートロックの非常口が閉まらないようにするドアストッパーを常備していて、時々コンビニに行っている。きっちりスーツに眼鏡で真面目そうに見える割に、案外そうでもないのだ。 「ほんとぉ?」 「仕方ないから行ってやるよ」  もちろん声をかけてくれるわけではなく、ただ通りかかるだけだと判っていた。それでも、二人きりの空間を打破してくれるだけで翠には十分すぎるほどの救いだった。 「先生、絶対だよ?5分で来てね?」  念を押すと、はいはいと聞いてるんだか聞いていないんだかよくわからない空返事が返ってくる。 「絶対来てくれなきゃやだからねっ」  泣きたい気分でそう言い置いて、翠は物理実験準備室を後にした。物理実験室を出て、ほんの数歩で到着してしまった非常口の前。はぁ…と、ため息のような深呼吸を一度してから非常口を開けて、ドアストッパーを端っこに挟む。あまり大っぴらに開けておくと、廊下の向こうを歩く教師に見つかって閉められてしまうから、あくまでもロックが掛からないようにだけ。誰もいなければいいのに…。そう思いながらため息をつく。手紙を書いてくれた三年生の先輩は、名前も書いてくれていたはずなのに全く思い出せなかった。
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