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「北川さん」
不意に呼ばれた声に、肩がビクッと震えた。
「来てくれて良かった」
そう言ってはにかんだように笑った先輩に、翠は足がすくんで動けなくなる。背は翠より10㎝ほど高い気がする。短めでこざっぱりとした黒髪に、人懐っこそうな眼差し。
大丈夫…そんな…怖がらなきゃいけないような人じゃなさそう。
そう思うのにバクバクと耳の奥で心臓が早鳴りしているのが響く。大丈夫、大丈夫…。無理って言うだけ…。5分したら先生が来てくれるから…。
目の前の人の唇が動いてるのは見えたけれど、酷く緊張しているからか声が全く耳に聞こえてこなかった。
「…それで、良ければ付き合ってください」
ずっと声なんてまともに聞こえなかったくせに、こんなとこだけ聞こえるってどういうことなんだろう。そう思うのに、本当に金縛りにあったように声も出てこなかった。
しばらく沈黙がその場を支配する。
静かであればあるほどに耳の奥で響くく自分の鼓動に、翠は唇を噛んだ。無理だと言うだけなのに。それだけなのに、どうしてこんなにも足がすくむんだろう。
どうして声すらでなくなってしまうんだろう。
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