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不意に、実験台の足元に置いてあった翠の鞄の中で携帯が鳴った。
「今日は早いな」
チラリと時計を見て新島が言うのを聞きながら翠は携帯を開いた。案の定メールは大輔からだ。
『返事、いらないから一緒に帰ろう?』
翠は溜め息をついた。悪い人ではない。だけど、付き合うつもりが全くないのに一緒に帰るのはどうしても躊躇われた。翠がチラリと新島を見ると、新島は既に仕事モードにシフトしようとしているのか、パソコンに視線を落としていた。
「お呼びかかったんだろ?さっさと帰れ帰れ」
むぅ、と翠は新島を睨む。
「先生は、彼女が実は自分の事好きじゃなくてもへーき?」
「…俺は関係ないだろうが」
「男として、普通はどーなの?」
新島は小さくため息をついた。
「大人と高校生のガキを一緒にすんな、待たせてないで帰れ」
猫でも追い払うようにしっしと手を振られて拗ねて新島を睨んでも、こっちを見もしない新島に効果は
全くないけれど、素直になんて帰れない。むくれて新島を睨んでいたら、おもむろに立ち上がった新島にそれこそ猫の様に首根っこを掴まれて、今までになく強引にドアの外まで連れ出された。
「お前、そいつと付き合うならもう来んなよ」
「付き合うとか考えてないっ」
思わず返した翠の言葉は、パタンと閉まった物理実験準備室のドアに跳ね返された。
付き合うという選択肢は翠の中では無いのに。むしろ断りたいから、どう断ったらいいのかの方を相談に乗ってほしいのに。ぷぅっと膨れて拗ねながら、翠は昇降口に向かって渋々と歩き出した。
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