落ちてくる空

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「すーい。おはよ」  朝、まだ登校している生徒もまばらな頃。振り返ると嬉しそうににこにこ笑った美咲の顔があった。 「渡辺から聞いちゃったぁ~。付き合っちゃったんだってぇ?」  つんつんと腕をつつかれて翠は思わず顔をそらした。それを照れと取ったのか美咲は翠の腕に腕を絡めて来る。 「良いヤツでしょ?アイツなら無理矢理とかしないしさ」 「む、無理矢理って!!」  無理矢理、という言葉に思い出すのは半年前の事で翠は思わず声を荒げた。そのあまりの音量に、教室に居たクラスメートが何事かと翠と美咲を見るから、翠は慌てて美咲を廊下に引っ張り出した。 「ちゃんと付き合うまでは手、出さなかったでしょ?」  そんな大袈裟に反応しないでよ、と美咲は小声で言って苦笑した。だけど翠にとっては十分過ぎるほど、痛い傷だ。そもそも大輔とだって付き合いたいわけじゃなかったのに。自分でもどうしてこんなに言葉が出ないのか判らないくらい、男の人と二人になると怖くて声が出なくなる。  先輩の事を、出来れば誰にも話したくない。思い出したくも無い。だけど、話さなかったら……きっと遠く無いうちに手を繋ぐだけじゃなくなる…。  やっぱり……今は誰とも付き合いたくない。  何度考えてもたどり着く答えは一つで、翠はため息をついた。
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