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翠が実験台の上に放り出していた封筒を、傍らから伸びてきた手が拾う。翠が憂鬱な顔でいる理由がその封筒にあるのを、その手の主は気付いていたらしい。
「北川 翠 様」
表に書かれた、男子生徒の物と思しき文字を読み上げたのは、低い男の声。
「ラブレターか?古風だな」
笑みを含んだ声音で告げて、大きな手が翠の頭を撫でる。
「そんなにへこむなよ。かわいそーだろ?」
この手紙の送り主が、と言外に言うその人を、翠は膨れっ面で見上げた。
スーツ姿、黒髪に一見黒に見えるけど実は濃紺色のメタルフレームの眼鏡。眼鏡の奥の切れ長の瞳が鋭いその人は、面白がるような表情で実験台に突っ伏している翠を見下ろしていた。
「だって先生…」
ぷぅ、と翠は拗ねて傍らの男を見上げる。
「それ見てよ」
それ、と指すのはさっき持っていかれた封筒。中身は先ほど男に言われた通り、ラブレターの類に間違いなかった。
「俺が見ていいのか?」
翠が頷くのを確認してから、男は封筒から中の便箋を出して開く。ざっと目を通して小さく笑い声を漏らして、さも面白そうに翠を見る。
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