~第一話~ 行く先は、一重の幕の子守唄

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    一  時は江戸時代も後期に入った、明和八年。  北町奉行に甲斐源氏の一族である曲淵甲斐守が就任してから半年余り経った頃。  玄人のものと思われる殺しの数が、目に見えて増えてきていた。  ある日、北町奉行所の臨時廻り同心である田嶋主計(かずえ)は当日の持ち場である深川を見回っていた時。  どう見てもスペイン系の顔付きである彼は二十代前半で不伝流居合術の奥義に達し、臨時廻り方になった彼の目は雑踏の中にちょっとした異変を感じた。  前を歩く大身代の商人に見える男を、尾行している女が居たのである。  女の年齢は、高くても二十五歳位であろうか。  鳥追笠で、顔を見られない様に隠しているらしい。  ともあれ、女に気取られないように二人を尾行ける。  両国橋界隈の倉屋敷群まで来た辺りで事は起こった。  女が右手首を返したのだ。  膝から崩れ落ちる男。 「御用でェッ!!」  目の前で殺しが行われては、追いかけない訳にはいかない。  当然、脱兎の如く十手(じって)を振りかざし田嶋は駆け出した。  田嶋の声に驚いた様子で振り返る女。  しかし、それも一瞬。  先ほどと同じように手首を返し、薄っぺらい何かを投げる。  本能的に避けた田嶋の水月(心臓と鳩尾の間の胸骨の合わせ目)に硬いものが当たり、痛みに怯んだ隙に逃げられてしまった。
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