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「え? あの、これ」
目の前にはクタリと倒れ込んでいる自転車。
「これ、誰の?」
「晴の友達のカノジョに借りた」
だよね。幸太、チャリ通学じゃないもんね。
「で、全力で漕ぎすぎて、倒れて、壊した」
ですよね。前のカゴ、ぺっちゃんこだもんね。
あ~あ、ってレベルの転び方をしたんだろう。カゴはもう手の施しようがございませんってくらいに、完全にあとかたもなく潰れている。
正直に謝って、カゴ部分だけ買って、新しいものに買えて許してもらうしかない。
「何、してんの?」
「それは晴のほうだろ」
俺は笑っている顔の幸太ばっかり知っている。こんなふうに本気で怒った顔した幸太も、心臓が口から出るんじゃないってくらいに焦って、周りのこととか全然目に入らないって感じに必死に窓ガラスを叩く顔も、見たことがない。
「よくわかったね、あそこにいるの」
「チャリでとにかく走り回ったから」
「……」
俺がどこに行くかなんて、幸太は何も知らない。さっき逃亡したっきり、もうどこに行ったのかわからない俺を、必死になって、今まで探してくれていた。
「ごめっ」
俺をずっと探してくれていたことに、胸が切なくなって締め付けられて、涙が零れた。
「俺、本当に怒ってるんだけど」
「ごめん」
「なんで、よりにもよって、宗太兄ちゃん……」
「幸太が海外に行っちゃうって聞かされて、俺、マジでどうしたらいいのかわかんなくて、それで宗太さんが相談に乗ってくれて」
カタカタ、カタカタ、誰も乗っていない自転車のペダルが俺達と一緒に前へと進む度に音を立てる。
「浮気、って」
「違っ! 違う、俺!」
「晴のこと、誰にもやりたくない」
その言葉に、また、涙が溢れて、止まらなくて
寒い夜道、カゴが無残に潰れたチャリを引きずるイケメン男子高校生は、転んだせいで制服がドロだらけ。
その隣を歩く、隠れ腐男子高校生は、子どもみたいにポロポロ泣いて
誰が見てもおかしなふたりだった。
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