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「あ〜っ、もう時間がないのにくそっ」
瑞希は悪態を吐きながら、鏡の向こうの自分と格闘していた。
慣れない髪型にチャレンジしてみたものの途中で気に入らなくなり、一からやり直しているのだが、元に戻るどころか余計おかしくなってしまったのだ。
「くそっ、この猫っ毛…イライラする」
柔らかくて細い癖毛の瑞希の髪は扱いが難しく、自分でもいつも手こずっている。
もう一度髪を湿らせブラシとドライヤーを使って何とかいつものスタイルに持っていけた頃には、家を出る時間ギリギリだった。
「やばい…」
瑞希は慌てて服を整えると荷物を掴んで玄関へと向かう。
最後にもう一度鏡で全身をチェックすると、そこには緊張と期待の入り混じった自分の顔が映っていた。
今日は前から約束していた新城とドライブに行く日だ。
大きなイベントが終わりひと段落した瑞希が「息抜きに海でも行ってみたいな」とぼやいたのがきっかけだった。
新城と付き合う事になってから何度も二人で会ってはいるのだが、たいてい高柳の店で食事をしてからお互いどちらからの自宅で過ごす事が多い。
しかも瑞希は夜型の生活、新城は小説家とあって変則的生活。
昼間に二人で出かけるというのは稀な事なのだ。
未だに夜に会うのももちろんドキドキするが、やはり昼間はお互いの姿がはっきり見えるぶん余計に緊張してしまい、デート前の身支度に二時間も時間をかけてしまった。
まさか自分がこんな風になるなんて…
新城と付き合う前までは全く考えられなかったことだ。
客やクラブの事しか頭になかったのに、今はそれと同じくらいあの男の存在が瑞希の中を占めている。
いや、もしかしたらそれ以上かもしれない。
瑞希はマンションから出た先にある通りで新城の到着を待った。
今日は少し風が強く、せっかく苦労して整えた髪がバサバサと崩れていく。
苛立ちながらなんとか髪を押さえつけていると、通りの向こうから走ってきた車がハザードランプを付けながら瑞希の前でピタリと停車した。
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