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鼻腔を擽る僅かな潮のにおいで、瑞希は目を覚ました。
不貞腐れて寝たフリをしたつもりが、本当に寝入ってしまっていたらしい。
車はどこかの駐車場のような場所に停められていた。
窓が少し開ていてそこから入ってくる潮風のにおいから、海が近いことがわかる。
瑞希の体にはジャケットがかけられていた。
新城が着ていたものだ。
しかし、隣の運転席に持ち主の姿はない。
瑞希は車内から外を見まわしてみた。
だが、新城の姿はどこにもない。
流石に呆れてるだろうな。
瑞希はかけられたジャケットを握ると俯いた。
せっかくのドライブデートなのに盛り上がる会話もない。
挙げ句の果てに運転だけさせて寝入ってしまうなんて恋人として最悪すぎる行動だ。
思い返せば新城と付き合うようになってからも瑞希は恋人らしい態度をとれたためしがない。
いつもかわいげのない態度ばかりとっているし、口もすこぶる悪い。
今はまだいいが、呆れられて別れを切り出されるのも時間の問題な気がする。
謝ろう。
新城の中で瑞希の評価は落ちてしまっているかもしれないが、このままにしておくことはできない。
瑞希は腕の中に隠していた缶コーヒーを持つと車から降り、新城を探した。
駐車場のすぐそばにあった階段を登ってみると堤防があってその向こう側に砂浜と海が見える。
波はあるものの天気はよく、照りつけられた水面がキラキラと光って寝起きの瑞希の目を刺激してきた。
平日とあってか人影はまばらで、小さい子どもを連れた親子とサーフボードを抱えた人が数名いるだけ。
新城は浜辺側へ降りたすぐそばの木陰にいた。
サングラスをしているため、視線の先が親子連れかサーファーたちかわからないが、じっと前方を見つめている。
ほんの少し躊躇いながらも、瑞希は浜辺へと降りた。
柔らかな砂を踏み、新城へ近づくと男はすぐにこちらに気づいた。
「着いてたんだな」
瑞希はドキドキとしながら口を開いた。
「さっき着いたばかりですよ。よく眠っていたみたいなので起こさなかったんです」
新城はそう言うと、瑞希を日陰に招く。
「海は久しぶりですがなかなかいいですね。シーズンも終わったせいか静かだし、色々アイデアが浮かんできてつい色々と考えてしまいました」
口調はいつもの調子だが、その横顔がクラブや瑞希の前で見る新城ではない気がして瑞希は僅かに畏縮した。
よくわからないが、作家という職業柄いつもと景色や空気が変わるとネタもわいてくるものなのかもしれない。
「…タイミングが悪かったな。邪魔なら車に戻る」
瑞希はそう言うと新城の前を横切ろうとした。
だが、すぐに腕を掴まれてしまう。
「邪魔だなんて思いませんよ。むしろあなたが隣にいてくれると安心します」
「でも…一緒にいても…迷惑、だろ」
「なぜそう思うんです?」
「だって…」
瑞希は掴まれた腕を見つめながら唇を噛んだ。
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