第1章

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 インスタントブレインが短時間で脳の交換作業を終えることが出来るのは、あらかじめ使用者の頭部が取り外し可能な状態になっているからだ。そのため使用者の頭部にはこのような切れ目が入ることになる。だがそれも、間近で観察してなんとか分かる程度でしかない。 「さて、仕事に行くか」  身支度を整えると、家を出た。俺の住んでいるマンションは二十階建てのまだ新しい建物だ。周囲には似たようなマンションが所狭しと並んでいる。高速エレベータを降り、駅へと向かって歩き出した。まだ太陽は顔を出していないが、この区画の中心から天に向かって突き出している人工太陽が辺りを燦々と照らしだしている。  駅へ向かう途中、マンションの間に挟まれた小さな公園があった。豊かな緑が植えられ、フェンスに囲まれた憩いの場となっているそこでは、子供たちが走り回り、母親たちが談笑していた。公園の前を通り掛かった俺は、フェンス越しに子供たちの姿を眺めながら駅へと歩いた。通勤時に、遊んでいる子供の姿を見るのが俺の日課だった。  インスタントブレインが普及してからというもの、大半の人間が夜間も活動するようになっていた。子供たちは親に生活習慣を合わせているため、昼夜の別なくいつだって公園で遊んでいる。  俺と同じように通り掛かる人々は皆、公園へと目を向けていた。彼らが子供を見る目は優しいものだったが、女性が母親へと向ける視線には羨望が混じっている。  この時代、子供を持つことが出来るのは一部の者だけなのだ。インスタントブレインが普及したせいで、人間の寿命は半永久的なものとなったが、人口問題もまた深刻になっている。増え続ける人口に歯止めを掛けるため、出産は許可制となっていた。  公園の中にいる母親たちは、言うなれば選ばれた者だ。母親は自分と子供の姿を見られることで、優越感に浸っている。  あなた達と違ってわたしは子供を生むことが出来るのよ、と。  そんな母親の内心とは関係なく、子供たちは無邪気に遊んでいた。子供に罪はない。あの子たちもいずれ時期がくれば、インスタントブレインを使うようになるのだろう。だが、それまでは無邪気なままでいてくれることを俺は願っていた。
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