第1章

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 俺は自分の頭を指しながらそう口にした。井上さんにはこれまで何度も同じことを言ってきたが、彼はずっと断り続けていた。そして、今回もまた同じ返事が返ってきた。 「私はどうも脳を弄くるという行為が受け入れられんのだよ」  井上さんが後退しかかった頭を撫でる。 「難しく考え過ぎなんじゃないですか?」先ほどタクシーの中で見たニュースのことを思い出しながら言った。「近頃は子供でさえインスタントブレインを使っているそうですよ。進学校の子供なんですが、一日中勉強して、疲れたらインスタントブレインで脳を取り替えるそうです」  井上さんは顔をしかめる。 「まったく嫌な世の中になったものだ」 「仕方ありませんよ。これも時代の流れというものです」  井上さんは溜め息を吐くと、仕事に戻っていった。  俺も自分の仕事へと取り掛かった。
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