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―――緊急脱出、即時出撃。ただし、天井からの発進は不可。
すべてのコマンドは光の速さで体中を駆け巡り、エドの肢体を彼女の意思とは関係なく、さっきまで彼女がのぞき穴に使っていた幌の開いた部分から、ガスバーナーの炎によく似た色の閃光とともに飛び出させる。
「くぅ…!!」
空気銃で紙を突き破った時のような音が頭の軽い衝撃とともに耳元で聞こえたのも一瞬、一気の全スラスター噴射でほぼ横へ吹っ飛ぶ形になったエドは、
替わって訪れた首が?げそうになるほどのGと肌を焼く空気摩擦に歯を食いしばり、苦悶の声を上げた。
ほぼ鉄砲から発射された弾丸と同じスピードでトラックから繰り出したがために、その進行方向の空気の圧がすべて頭にかかって、そして体に沿って圧縮空気のナイフと化して流れていったのだった。
「ふ…ざけ…ろ!何で…こんなに痛い…!」
自らの損害状況を知覚するために人工皮膚に痛覚を付加してある…などと出撃前人の好さそうな笑顔で言っていた「ヤブ医者」のメガネ面が一瞬思い出される。
なんて無駄な機能を付けてくれたんだ、せめてもう少しマシにしろとこれまた悪態を心中ながらついたエドだったが、ほどなく次弾接近のアラートが視界と聴覚を埋め尽くすと、
戦闘を統括する電子頭脳から自動的に発された姿勢制御のコマンドによって、脚部スラスターをふかし上空へとほぼ直角に急上昇した。
ナイフで体を裂かれるような痛みはすこしマシにはなったもののこんどは上空100キロメートルぶんの空気の柱が彼女の首に乗っかる羽目になり、
さっきの比ではない声も発せないほどの重みが首や頭を襲う。
人間であればこういう時、いや、こんな経験をする人間がいるのかどうかは甚だ怪しいが、
もしあるとしたら気絶なりなんなりして苦痛から精神だけでも解放されるのだろうが、
アンドロイドであるところのエドはそれがない。
「ヤブ医者」が付加してくれた余計な機能のおかげでただただ人工知能にフィードバックする苦痛を感じるだけ。
しかも減速しようとしたところで、今は戦闘本能たる電子頭脳が体の全てを統括しているがために人工知能による指令が全く持って届かないのだ。たまったものではない。
結局エドがその苦痛から解放されるには、上空40メートルにまで到達する必要があった。
ここまで要した時間、約一秒。
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