第一章

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「じゃあ、行ってくるよ楓。」 笑顔で出勤しようとする克也を玄関先で見送る。 それにしっかりと笑顔を返し、「いってらっしゃい」と口にしたのに、克也はそのまま動こうとはしなかった。 その瞳に不安そうな影が見え隠れしている。 「楓…本当に大丈夫なの?顔色が悪いよ…」 長い指が私の目尻にそっと触れた。 チクリと胸が痛む。 克也は私をこの上なく愛してくれている。 それは分かってる。 だから、克也が嫌ならこれ以上先に進まなくても良いのではないかと、考えなかったわけではない。 でも私には分かるのだ。 克也は子供が好きだ。 嫌なのではない、怖いのだ。 話し合いたい。 分かり合いたい。 分かり合わなくてはならない。 「克也…」 「ん?」 「今日、帰って来たら話したいことがあるの。何時に帰って来れそうかな?」 真剣な顔で言った途端、克也の表情が変わった。 勘の良い人だ。 またあの話だ、と気づいたに違いない。 「今日は…遅くなると思うから。また今度でも…」 「起きて待ってる。お願い、逃げないで。」 最後の方が緊張で掠れてしまう。 克也は少しの間私を見つめたあと、無言でドアを開けて行ってしまった。 「…帰ってくるといいけど…」 そう自嘲気味に呟くと、喉の奥が熱くなった。
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