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「ただいま。」
仕事を終えて家に帰る。
すると、いつもなら駆け寄ってくる楓が玄関に顔を出さなかった。
小説に集中しているのかな、と思いつつ靴を脱いで廊下を進む。
リビングに入ると、楓はソファーに座ってクッションを抱き締めていた。
その目はどこを見つめているのか。
ぼんやりと、ただ壁を眺めている。
クスリと笑いつつ、後ろからそっと近づいていく。
「ストーリーでも考えてる?」
耳元で言うと楓の体が跳ねた。
「きゃ!?」
そして振り返り俺の姿を見つけて、複雑な顔をする。
そんな表情が返ってくるとは思っていなかったので、言葉を失った。
「ご、ごめんなさい、帰ってくるの気付かなかった…。あの、すぐ夜ご飯にするね。」
「楓…?」
立ち上がった背中に恐る恐る声をかける。
楓は一瞬動きを止めてから俺に笑顔を向けた。
貼り付けたような笑顔を。
「ん?」
「……どうしたの?」
「え?なにが?」
楓はあくまでも笑顔を崩さないままキッチンへと歩いていった。
様子がおかしい。
原稿、ダメだったのか?
それともスランプか…。
でも、俺が帰ってきて喜ばない楓は初めて見た。
心がざわつく。
一日中愛を交わしたのは3日前の事だ。
今朝は普通だったはずなのに。
首を捻りつつキッチンへ向かうと、楓は規則正しい音をたててキャベツを切っていた。
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