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「ねぇ、楓。」
その背中に呼びかけると、規則正しい音が止む。
「なにか、あったよね?」
楓は何も答えない。
「何でも言うって約束だったよね?夫婦なんだから…悩みがあるなら…」
「そういう自分はっ…!!」
突然楓が声を荒げた。
しかしすぐに口を噤む。
「…何?言いたいことがあるなら言って。」
出来るだけ優しい声で言ったのに、楓は首を振った。
「ごめん…ごめんね、スランプなの。八つ当たりした。ほんとにごめんなさい…。」
その声が震えている。
スランプ…?
今朝は好調そうだったのに…。
「楓、こっち向いて。」
近づいていきながら言うと、楓は素直に振り返った。
その瞳に涙が浮かんでいるのを見て胸が締め付けられる。
小説は、楓を生き生きさせる。
だけど小説は、楓を苦しませる。
苦しいなら辞めて良いんだ、そう言ってやりたいのに、言えない。
小説を書くことが楓にとってどれだけ大切な事か知っているから。
愛しい思いを込めて楓の体を抱き寄せる。
きついほどに抱き締めると、楓が声を殺して泣き始めた。
「…書けるよ。今までもあったでしょ?大丈夫、ちょっと休めっていう警告だよ。休んだら、また書けるようになる。」
「…っ…」
泣かないでくれ。
そんな風に声を殺して。
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