第一章

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「ねぇ、楓。」 その背中に呼びかけると、規則正しい音が止む。 「なにか、あったよね?」 楓は何も答えない。 「何でも言うって約束だったよね?夫婦なんだから…悩みがあるなら…」 「そういう自分はっ…!!」 突然楓が声を荒げた。 しかしすぐに口を噤む。 「…何?言いたいことがあるなら言って。」 出来るだけ優しい声で言ったのに、楓は首を振った。 「ごめん…ごめんね、スランプなの。八つ当たりした。ほんとにごめんなさい…。」 その声が震えている。 スランプ…? 今朝は好調そうだったのに…。 「楓、こっち向いて。」 近づいていきながら言うと、楓は素直に振り返った。 その瞳に涙が浮かんでいるのを見て胸が締め付けられる。 小説は、楓を生き生きさせる。 だけど小説は、楓を苦しませる。 苦しいなら辞めて良いんだ、そう言ってやりたいのに、言えない。 小説を書くことが楓にとってどれだけ大切な事か知っているから。 愛しい思いを込めて楓の体を抱き寄せる。 きついほどに抱き締めると、楓が声を殺して泣き始めた。 「…書けるよ。今までもあったでしょ?大丈夫、ちょっと休めっていう警告だよ。休んだら、また書けるようになる。」 「…っ…」 泣かないでくれ。 そんな風に声を殺して。
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