≪10年前≫

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『羽島さんはなんでOKしてくれたの?』 『彼女がいなかったから』 テーブルの上、自分の腕に顔を預けながら、私を見る羽島さんの顔が頭に甦る。 表情は乏しくても、目は優しかった。 そう思ったのに……。 「……っ」 彼は……嘘を……。 嘘をついていたんだ。 後から後から、同じ筋を通って流れる涙。 両頬を伝ったその水滴は、私の顎の下で一つになっては、パタパタとコンクリートの地面に落ちる。 彼女を、あの部屋に入れるんだ。 さっき、私の髪を優しく梳いたあの部屋に。 私の“好き”を、あんなにも捧げたあの部屋に。 「うっ……」 思わず吐き気を覚えて、その場にうずくまる。 「うーー…………」 口を両手で押さえると、今までの何倍もの大粒の涙が、私の指の間を通って落ちていく。 止められなかった。 目を開けても閉じても、視界はぐちゃぐちゃで何も見えない。 「ふぐっ、……ううっ、うっ、うーーーー……」 その後、どうやって帰ったのかは、あまり覚えていない。 ただ、3月なのに寒々しい空、今にも泣きだしそうな夕方の曇り空だけ。 それだけは、はっきりと覚えている。        
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