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『羽島さんはなんでOKしてくれたの?』
『彼女がいなかったから』
テーブルの上、自分の腕に顔を預けながら、私を見る羽島さんの顔が頭に甦る。
表情は乏しくても、目は優しかった。
そう思ったのに……。
「……っ」
彼は……嘘を……。
嘘をついていたんだ。
後から後から、同じ筋を通って流れる涙。
両頬を伝ったその水滴は、私の顎の下で一つになっては、パタパタとコンクリートの地面に落ちる。
彼女を、あの部屋に入れるんだ。
さっき、私の髪を優しく梳いたあの部屋に。
私の“好き”を、あんなにも捧げたあの部屋に。
「うっ……」
思わず吐き気を覚えて、その場にうずくまる。
「うーー…………」
口を両手で押さえると、今までの何倍もの大粒の涙が、私の指の間を通って落ちていく。
止められなかった。
目を開けても閉じても、視界はぐちゃぐちゃで何も見えない。
「ふぐっ、……ううっ、うっ、うーーーー……」
その後、どうやって帰ったのかは、あまり覚えていない。
ただ、3月なのに寒々しい空、今にも泣きだしそうな夕方の曇り空だけ。
それだけは、はっきりと覚えている。
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