≪現在≫

16/40
前へ
/40ページ
次へ
この声は、忘れていた。 確かに忘れていたんだ。 でも、彼が呼んだから。 大人になった私をそう呼んだから、簡単に記憶を手繰られ、それどころか感情と結び付けられてしまった。 どうしてくれるんだ。 どうにもならないのに。 「電気」 「……」 「電気消してください」 羽島さんは無言でテレビとシーリングライトのリモコンを取り、両方とも消して真っ暗にした。 服を脱ぎ、互いの体温を寄せ合わせると、思いがけず幸福感を覚えそうになる。 彼の言動も触れる指も唇も熱を帯びていて、まるで本当に求められているかのように感じられるから。 「……」 右手を伸ばして、羽島さんの髪を撫でてみる。 そうしたら、彼がその手を掴んで、自分の頬へ移し、唇を寄せた。 「何考えてんの?」 暗がりの中、鼻と鼻が触れそうな距離で聞かれる。 「羽島さんのこと」 と答えると、ハ、と短く笑われた。
/40ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5648人が本棚に入れています
本棚に追加