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この声は、忘れていた。
確かに忘れていたんだ。
でも、彼が呼んだから。
大人になった私をそう呼んだから、簡単に記憶を手繰られ、それどころか感情と結び付けられてしまった。
どうしてくれるんだ。
どうにもならないのに。
「電気」
「……」
「電気消してください」
羽島さんは無言でテレビとシーリングライトのリモコンを取り、両方とも消して真っ暗にした。
服を脱ぎ、互いの体温を寄せ合わせると、思いがけず幸福感を覚えそうになる。
彼の言動も触れる指も唇も熱を帯びていて、まるで本当に求められているかのように感じられるから。
「……」
右手を伸ばして、羽島さんの髪を撫でてみる。
そうしたら、彼がその手を掴んで、自分の頬へ移し、唇を寄せた。
「何考えてんの?」
暗がりの中、鼻と鼻が触れそうな距離で聞かれる。
「羽島さんのこと」
と答えると、ハ、と短く笑われた。
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