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帰りにケーキ食べに行かない? と、九条サキが訊いてきた。
「ごめん、今日は家の手伝いがあるから……」
わたしは申し訳なさそうに答える。本当は行きたかった。でも、今日は月に一度の大事な行事の日で、絶対にすっぽかすわけにはいかなかった。
「そう……」
サキが残念そうな顔をする。彼女とわたし――浦木アスカは中学校の時からの付き合いだ。高校も同じ学校に進み、三年生になった今もわたしにとって一番の親友だった。
「また誘って」
わたしはそう言って、机の上に広げていた教科書や筆記用具を鞄の中に仕舞い込む。
まだ初学期が始まったばかりの四月。春の日差しが窓から差し込んで、教室の中は暖かい。放課後の教室に残っているのは、これからどこに行こうか話している女子の姿ばかりだった。男子のほとんどはクラブ活動をしていて、終業のチャイムが鳴るとすぐに教室を出て行く。女子のほとんどは仲の良いグループができていて、わたしとサキはどこにも属さない、無所属的な存在だった。
サキは引っ込み思案だから、どちらかといえばわたしが引っ張っていくことが多い。二人で何を食べようか悩んでいる時は大抵わたしの意見で決まるし、何をするにもほとんどをわたしが決めている。それでもサキはそうした自分の立ち位置を嫌がっている様子はなくて、一人っ子の彼女はわたしのことを姉のように慕ってくれていた。わたし自身、サキのことを妹のように思っている。
だから彼女に隠し事をしていることが心苦しかった。
「ねえアスカ」
教室を出ようとしたわたしをサキが呼び止める。
「頑張ってね」
サキはわたしの父が何の仕事をしているのか知らない。その手伝いをしているわたしがどんなことをしているのかも……。
「うん、ありがと」
そう言って、わたしは笑顔を見せた。
家に帰ると父がすでにスーツに着替えていた。愛用のアタッシュケースを手に玄関で出迎えられた。
「遅いぞアスカ」
父は四十を過ぎたばかりで、背の高いがっしりした体格をしている。いつもは無精髭の生えた顔も、今日ばかりは綺麗に剃ってあった。父の目は切れ長で、わたしはよく似ていると言われる。
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