第1章

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 わたしは、ずっと父と二人だけの生活をしている。母は物心ついたときからもういなかった。家には母の写真一つなかったが、たぶん離婚したのだと思う。父の仕事を考えれば、それも当然のことかもしれない。祖父母も父が若いときに他界していたから、わたしにとって父だけが唯一の家族だった。 「早く着替えてこい。すぐに出かけるぞ」  はあい、とわたしは答えて自分の部屋がある二階へと階段を上った。  自室でセーラー服から、スーツ姿に着替える。これを着るのは、中学の時からだからもう何十回目になるだろう。わたしが父の仕事を手伝うようになった時に、父がこのスーツを買ってくれた。大きくなってきつくなったらまた買ってやると父は言っていたが、結局、中学の頃からほとんど背は変わらなくて、ずっとこのスーツを着ている。  押入れの中からボストンバッグを出して、わたしは父の待つ玄関に戻った。 「よし行くか」  父の顔が少し引き締められる。家にいるときはいつもおどけている父だけれど、今日だけは仕事の顔になる。わたしはそんな父の顔が嫌いじゃない。  車庫にある中古のセダンにわたしと父は乗り込んだ。もちろん父が運転席だ。わたしはまだ十七だから免許は持っていないけれど、十八の誕生日が来たらすぐに免許を取りたいと思ってる。サキを連れて、旅行とか行ければ最高だ。でも、この車じゃサキは喜ばないかもしれないな、とそんなことを思った。  車は高速に乗って隣の県まで走った。途中、日が暮れ始めて、空がゆっくりと茜色に変わるのを眺めた。わたしたちの住む日ノ出町は都会と田舎の間のようなありふれた町だけれど、この辺りに建っているのはほとんどが高層ビルで、通りを歩いているのは帰宅途中のサラリーマンばかりだ。 「着いたぞ」  父がそう告げる前に、わたしは車が目的地へ到着したことに気付いていた。中心街から少し外れた歓楽街にある高層ビル。周囲は雑居ビルが連なっているけれど、その中に一際目立って大きなビルがあった。正面扉の脇に『蒼人会』という看板が出ている。外壁はガラス張りになっていて、夕日を照り返して真っ赤に染まっていた。  ビルの前に大勢の人が待っていた。誰もが黒いスーツ姿で、わたしが顔を見たことのある人も何人かいた。父がビルの前に車を止めると、がっしりとした巨体の大男がわたしたちの車へとやってくる。わたしは助手席の窓を開けた。
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