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合田さんに連れられて、わたしたちは部屋の一つに入った。真っ暗な部屋だけれど、もう何度も来ているので部屋の様子は手に取るようにわかっている。ここは本来なら会議室に使うような広い部屋だ。いつも床に大きなビニールシートが敷かれていて、その中心に椅子が一つ置かれている。
合田さんがパチリと扉の脇にあるスイッチを押した。天井の蛍光灯が室内の闇を取り払う。
中央の椅子の上に、男が座っていた。
「……アニキ」
男は合田さんの顔を見るなりそう口にした。合田さんは先ほどとは打って変わって厳しい顔をしている。
「この人が浦木さんだ。お前も聞いたことがあるだろう。今日の会食の料理人だ」
父が男に向かって小さく頭を下げた。わたしもそれに倣う。
男の顔は蒼白になっていた。二十代の後半ぐらいだろうか。短髪のスポーツマンタイプ。今風の整った顔立ちで女性に好かれそうな感じだ。わたしは好みじゃないけれど。
男の両手足は椅子に固定されるように縛られていた。あれでは、どんな人も暴れることはできないだろう。これから訪れる自分の運命をすでに受け入れているのか、男がそれ以上自分から口を開くことはなかった。
「合田さん、ここからは料理人の仕事ですから」
父が言う。合田さんに部屋を出て行くよう促しているのだ。
「……今回だけはお願いできませんか」
合田さんが父を真っ直ぐに見据えてそう懇願した。自分の部下だった男の最期を見届けたいのだろう。
「……ふう。仕方がありませんね。ただし、今回だけですよ」
父は普段なら絶対に許可なんてしない。それがたとえ蒼人会の会長であっても。合田さんとは長い付き合いだからこそ、それをよくわかっているはずだ。
「すみません。恩に着ます」
合田さんが深く頭を下げた。
仕事に入ってから、この部屋に他人がいるなんて初めてのことだ。父の仕事を信頼しているからこそ、これまで誰も入れなかったのだから。
父は男に向き直った。
「目隠しはいるかい?」
父が淡々とした口調で男に尋ねる。
「……はい」
答える男の声は震えていた。
父は床にアタッシュケースを置くと、中から布切れを取り出した。椅子の背後に回り、布で男に目隠しをする。
「何か言い残すことは?」
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