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中学になると、父はわたしを仕事に助手として連れて行ってくれるようになった。わたしもそれまでに生きた動物を捌くことは何度もやっていたし、父が自分を助手として認めてくれたことが素直に嬉しかった。
でも、初めて人が目の前で死ぬところをみた時は、さすがに足が竦んだ。それも、父が人を殺したのだから。人が死ぬというのは、動物のものとはまるで違っていた。でも毎月のように見ていると、さすがに慣れてしまった。いや、ちょっと違うかもしれない。慣れたのではなく、理解したのだと思う。本当は父が手を下す必要なんてないのだから。蒼人会の人が、誰か他の人にやらせればいいだけのことだ。
父が自分で食材を殺すのは、料理人としてそうする必要があるからだ。命を大切にできない人が、美味しいものを作れるはずがない。それがわたしにもわかるようになった。牛や豚、そして人間を含めたすべての生き物には命があって、その命を犠牲にして人は生きているのだから。
生き物へと感謝するために、父は人を、食材を殺しているのだ。
父の仕事はまず血抜きから始まる。失血死した男をさらに逆さにして天井に吊るす。すると出尽くしたと思えた血がさらにドバドバ出てくるから不思議だ。床に置いたバケツが一杯になり、首の傷口から血が抜けきるのを待つ。その間にわたしは別室にあるキッチンで前菜の準備をするのが常だった。肉料理ばかりだとさすがに胃に重すぎるからだ。
スーツを脱いで調理服に着替える。肉屋で着ているようなゴム製の前掛け、手袋、長靴を着けて、前菜の用意をする。
「始めるぞ」
三十分ほどして父がキッチンに入ってくる。その頃にはわたしも前菜の支度を終えていた。
父がストレッチャーで運び込んだ男の死体を中央にある調理テーブルの上に載せる。
そこでまたわたしの仕事だ。男の服を脱がして全裸にし、男の真っ赤に染まった全身を水道のホースで洗い流す。その間に父はスーツから、わたしと同じ調理服に着替えていた。
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