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「何だ?またお得意の『斯く斯く云々な理由がありまして』とでも言うつもりか?…ここまで意味深な事を言っておきながら。相変わらずぞんざいにされてんな~オレ」
煮え切らない私を見て、彼はこれ見よがしに大きなため息をつく。
「ええっ!?」
今まで、ぞんざいに扱った覚えなんて無いけど…
私は慌てて顔を上げ、ふて腐れた彼の顔をマジマジと見て目を丸くする。
「ったく、『身に覚えございません』みたいな顔しやがって。…まあ、話したくないなら良いけど。
あっ、そうだ!大川って覚えてる?」
私が放った陰気くさい空気を取っ払うように、深津さんが話頭を転じ笑みを向けた。
「…うん、勿論。一緒に新年会をやった、大川さんでしょ?」
「そうそう、その大川。アイツがさ~また安藤と香川さんと一緒に飲みたいって言ってて。もし良ければ気晴らしに行かないか?今の家を出たら自由が利くんだろ?」
「…それって、香川さんも一緒にって事だよね?」
「勿論!あの夜は楽しかったよな~。あの近くに美味いスペイン料理店もあるんだ。ドイツ料理の次はスペイン料理でどうだ?美味いぞ~サングリア!…って、何でまた暗くなってんだ!?」
再び塞ぎ込みそうな雰囲気を醸し出す私を覗き込み、深津さんは大袈裟に声を上げた。
香川さん…
あの雪菜さんの一件から、彼女は私に何も言わなくなった。
挨拶は勿論、業務上の伝達事項ですら七瀬さんや他のスタッフに言付けて。まるで、私の存在などそこに無いような目をして私の横を素通りして行く。
…でも、それで構わない。
むしろ、その方がいい。
こんな精神状態で彼女からの攻撃を受けてしまったら、私はきっと耐えられない。
またきっと、ここからも逃げ出したくなってしまう。……数年前の、私のように。
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