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咲菜が知っているのは写真の中の雪菜だけ?
まさか…
まさかとは思っていたけど…。
真実を知ったあの日から、ずっと違和感を感じてた。
だって、咲菜ちゃんの口から雪菜さんの名前を聞いた事なんて一度も無かった。
一緒に暮らし始めてこの半年間、咲菜ちゃんが私から離れたのは杏奈さんと出掛ける時だけで…
「…咲菜ちゃんが最後に雪菜さんに会ったのは、いつなの?」
訝しみつつ、彼の背中に向かって抑えた低い声を投げた。
彼はキッチンからダイニングスペースに繋がる柱の横で足を止め、顔を強張らせる私の方へゆっくりと顔を向けた。
再び重なる互いの視線。
緊張感と重苦しさが、口を噤む二人の間に漂う。
「…雪菜が事故に遭った日の朝だ」
「え……事故に遭った日って…三年以上も前……嘘、だよね?」
「嘘じゃない。咲菜は雪菜が生きてることを知らない。…あの子の母親は、雨の夜に事故で死んだ。これからも雪菜に会わせるつもりは無い」
テレビの前でお絵描きに夢中になっている咲菜ちゃんをチラリと見て、彼は目に暗い影を走らせる。
「生きてることを知らない?そんな…何でそんな事を…」
私だけじゃ無く、子供にまで嘘をつくなんて…
母親の生存を隠すだなんて、信じられない。
どうかしてるとしか思えない…
愕然とし、放つ言葉を失った口を開けたまま足を竦ませる。
「麻弥も見たんだろ?写真とは別人となった雪菜の姿を。おまえは、あの姿を咲菜に見せろと言うのか?」
彼はそう言って、瞼さえも微動だにしない私を静かに見据えた。
その視線はまるで私の口を塞ぐようで、威圧感さえ感じられる。
衝撃を与えまいとして残酷な現状を隠し、母親は死んだと信じ込ませる事が咲菜ちゃんのため?
本当は生きてるのに……
このままずっと、子供に嘘をつき続けるの?
例え父親であろうと、そんな嘘が許されるの!?
やっぱり……何かがおかしい。あの雨の夜から付き纏う、とりとめのない違和感。
「……」
その複雑な感情を言葉になど出来るはずも無く、私は彼を見つめたまま唇を引き結ぶ。
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