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リビングに足を踏み入れると、耳に流れ込んで来たのはテレビの音だった。
その前に先生の姿があるのかと思いきや、ソファーにあるはずの彼の背中が見えない。
えっ、テレビつけっぱなしで自室に行っちゃったの!?部屋の電気も煌々とついてるし!
「もうっ、電気代が勿体無いじゃん!」
取り敢えずダイニングスペースの照明を落とし、テレビのリモコンを求めてソファーに近づく。
テレビの前にあるテーブルに置かれているのは、ビールの空き缶三本と、ロックグラスとジンのボトルが一本。
飲んだお酒もグラスもそのままー!?
…ったく、私の契約内容は咲菜ちゃんを寝かせるまでなんだから。自分の飲んだものくらい、キッチンに運んでから部屋に行ってよねっ。
大きなため息を吐き、普段より量が多めと思われる、晩酌のあとを片付けるためにテーブルに近づいた。――と、その時。
「うわっ!先生……」……居たんだ、ここに。
視界に映り込んだのは、ソファーで寝転がり寝息を立てる先生の姿。
私の気配にも声にも反応せず、下にした右腕を枕代わりにして完全に眠っている。
「先生、こんな所で寝たら風邪引いちゃうよ。ねえっ」
腰を屈め、彼の肩に手を置いて体を揺さぶる。…が、眉を少しだけ歪めたものの目覚める気配は無い。
…どうしよう。
先生の掛け布団を運んで来ようかな。
息をついて、先生の顔の前にしゃがみ込む。
「……」
先生の寝顔を見るのは何日ぶりだろう…
最後に抱かれたのは、確か三週間前だったかな…。
私に触れたこの唇……この長い指……
もう、二度と触れては貰えない。二度と彼に抱かれることは無い…
「あの頃に、戻れたら良いのに…」
…本当は、真実なんか知らずにいたかった。
例え嘘で固められた世界でも、ずっとあの幸せの中で夢を見ていたかったのに…
彼を見つめる瞳に涙が滲む。
「先生…」
悲しみで凍えそうな声が喉を掠めた。
小さく震える指先で、そっと彼の頬に触れようとしたその瞬間。
彼はゆっくりと瞼を開き、涙で潤んだ私の瞳を見る。
「ごっ、ごめんなさい!起こしたんだけど、先生なかなか起きなくてっ…」
驚きのあまり声を裏返し、慌ててその手を引く。けれども、追うようにして伸びた彼の手が、私の手首を掴んだ。
「……センセ?」
「麻弥、行くな…」
彼はうわ言の様に言って、強い力で私を抱き竦めた。
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