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つい先ほどまで、彼に愛でられ甘い声を上げていた私。
それなのに、予想外に逃げを打たれた彼は呆気にとられているのか、それとも苛立っているのか、押し返された手を引いて私を見つめている。
頭上に落とされる彼の視線が、突き刺さるようで痛くてたまらない。
私は顔を上げられず、押し潰されそうな沈黙に身を委ねている。
「…ああ、そうだな」
俯く私に言って、彼は諦めたように体を離した。
耳に届いたのは呆れでも怒りでも無く、消えてしまいそうな静かな声色。
私はその声に驚き顔を上げた。
彼が向ける穏やかな表情の裏に、深い憂いの影が走る。
「……先生、私…」
ソファーから立ち上がる彼を目で追い、掛ける言葉を見つけられない唇を小さく震わせる。
「…少し飲み過ぎた。無理をしてすまなかった。こんな事は二度としない…」
目を細め、優しい口調で彼が言う。
「……先生」
こんな事は、二度としない?
そんな顔しないで……先生、違うの。された事が嫌だった訳じゃ無いの。
本当は触れて欲しいのに……。
本当の気持ちを伝えたいのに、今打ち明けてしまったら心の自制が利かなくなる。
「……」
悲しみに耐えるように唇を噛む。
「今日、病棟に……」
少し間を置いて、彼の口から籠るような声が落ちた。
「え?」
「……いや、何でもない。俺はもう少しテレビを見てから部屋に行く。片付けもしておく。ここはもういいから、先に休んでくれ」
彼は私の横に座り直し、深夜のニュース番組に目を向けたまま平然と言葉を並べた。
並んで座る彼と私との間に空けられた距離が、二人の心の距離を表しているようで切なさが増す。
「…はい、ありがとうございます。…おやすみなさい」
私は彼を見ずに言って、その場から逃げ出すようにリビングを出た。
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