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「…そうか。関係が秘密って事は、行動の制限があるって事か…色々と大変なんだな」
深津さんはテーブルに視線を落とす私を見て、気遣うように静かな声を掛けた。
関係が秘密?…
…そう、ずっと二人の関係を秘密にして来た。
病院で有名なエリートドクターの家政婦だからとか、恋人だからとか、本当はそんな事が秘密だったんじゃない。
「…不倫なんだから、病院関係者だけじゃ無く世間に対して秘密の関係だったんだね。そうとも知らず、【秘密の関係】にスリルと優越感を感じてたんだから…私、馬鹿みたいでしょ?」
自嘲的に笑って、ビールを喉に流し込む。
「…さっき、車の中でチラっとした話。そのドクターが実は以前から安藤を家政婦としてスカウトしたいと狙ってて、借金の返済を手伝って貰う条件で家政婦を引き受けたのは分かった。そのうち良い関係になった所で、実は意識不明で奥さんが生きてるのを知り、奈落の底に突き落とされて今に至る事も理解できた。…だよな?」
私の反応を窺いながら、声のトーンを落として慎重に言葉を連ねる彼。
「……」
私は底の見えるビールジョッキを両手で握り、俯いたままコクンと頷く。
「だけど、部分的に繋がらないんだよな~。おまえがいつも『斯く斯く然々』で誤魔化す部分。ここまで事情を聞かされて肝心なところで穴あきって、気になって仕方ないんだけど」
深津さんは最後まで言い切って、ジッと私の顔を見つめる。
「……」
「…やっぱ、そこまでつけ込んだら嫌か。まあ、誰にも言いたくない事もあるしな。…俺にも…」
「…淫乱女、尚且つ不倫常習犯」
私の口から落した言葉が、彼の声と重なった。
「はっ?…ナニ?」
返された意味不明な言葉を聞き返すようにして、彼は眉間に縦じわを掘った。
「私、三重に居た頃にも不倫をしてたの。作った借金は不倫の慰謝料300万。それを返済するために家政婦を引き受けた。はじめに彼から受け取った現金は100万。…私、自分の体を100万で売ったの」
覚悟を決めた様な目をして言って、私は苦々しく口を歪めた。
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