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一瞬にして、二人の時が止まった。
軽蔑すら覚悟で打ち明けた私は強く口を引き結び、深津さんは狐につままれた様にぽかんと口を開けている。
「…ああ、そうなんだ」
彼が箸で掴んでいた牛ホルモンが、気の抜けたような声と一緒にタレの器にぽとりと落ちた。
落下したホルモンがタレを跳ね上げ、テーブルには不揃いな茶色の斑点が散りばめられた。
…ああ、そうなんだ?
「決死の覚悟で話したのに…なに?その薄い反応。もっと驚くかと思ったのに」
告白した私の方が拍子抜けして、ぷくっと頬を膨らませる。
「あ、いや…驚き過ぎて反応に困ってる最中だ」
彼はテーブルに零れたタレを慌てておしぼりで拭きながら、今更ながらに動揺の色を見せる。
お互い話し出す切っ掛けを探しているように、再び沈黙が横たわる。
硬派な彼のことだ。『こんなふしだらな女だと思わなかった』と、幻滅したに違いない。軽蔑されたに違いない。
それでも、こんなに親切にしてくれる彼には、正直に話さないといけないような気がした。以前私を想っていてくれた彼だからこそ、尚更正直に…。
「こんなお粗末な女が大それたことをって、とんだ尻軽女だって、汚いって、軽蔑したでしょ?」
「いや、そんな事は思って…」
「いいのっ、別に!私自身もそう思ってるから」
ずっと、お兄ちゃんみたいな存在だった深津さん。その慕っていた彼に蔑すんだ目で見られるのが怖くて、
「おいっ、」
「深津さんは硬派で誠実な人だもん。私なんて、本当は深津さんに優しくして貰う資格なんて無いんだ」
これ以上人から傷つけられるのが怖くて、彼の言葉を待たず強引に声を割り込ませる私。
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