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何年経とうとも、心に燻る未練……
「……今でも彼女を見ると?」
「ん?」
「今でも彼女に会うと、心が揺れるの?」
遠慮がちに言って、彼の顔色を窺う。
「いいや。もう、彼女と会うことは無いから。…兄貴と彼女は5年前に離婚した。彼女は実家のある四国で再婚したらしい。10年近く昔の話だ。流石に未練も何も無い。安藤と話さなかったら、思い出す機会さえ無かったよ」
深津さんはさらりと言って、打ち明けた事で解放されたのか、いつもと変わらない爽やかな笑みを放つ。
「そうなんだ…」
はじめ聞いた時は「まさか深津さんがそんな事を!?」って、目ん玉が飛び出るほど驚いたけど…
深津さんのこの懐の深さと人情味。
考えてみたら、そんな苦しい過去を乗り越えて来たからこその温かさなのかも知れない。
「俺の事、軽蔑したか?」
「えっ?まさかっ。意外な一面を知ったけど、軽蔑なんてする訳ないよ」
頬を緩め、少し不安げに私を見つめる彼に蟠りの無い微笑みを向ける。
「そうか、良かった。俺も同じだ。おまえの過去を聞いたからって、軽蔑なんてしない。むしろ俺は、打ち明けてくれた事が嬉しいよ。同じ穴の狢…ってやつ?」
深津さんは手を上げ店員に烏龍茶のお替りを催促しながら、悪戯気に笑う。
「同じ穴の狢って…人から言われるといい気分しないんだけど?」
「そうか?だって間違ってないじゃん」
「うん、確かに。間違ってない。私達、同じ穴の狢だね」
目尻を下げる彼を見つめ返し、つられてククッと喉を鳴らす。
「……誰にでも、人には言えない過去の一つくらいあるもんだ。それが、大人になるって事じゃないか?少なくとも、俺はそう思ってる。どんなに辛い過去でも、時が経てば人生の糧となる。人の痛みも分かる。立ち止まって、焦らずに考える時間を持てるようになる」
「……うん」
「安藤も、今はその時期じゃないのか?」
「え?……」
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