第1章

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「あら勿体ない。  私、これでも人を見る目はあるのよ」  マーサはそう言って夫の股を二度叩いた。 「目というよりは、匂いかしら」 「素直に喜んでおきますよ」  その夜は遅くまで三人で飲み明かした。 シーラスの子ども達はリルが上手に面倒を見て、ある程度で寝たようだった。  翌朝、酒にも朝にも強いフェイスとシーラスは、随分早く起き、トルコー駅に向かった。 例によってオートモービルの爆音と砂埃を、切れるように冷たい冬の朝に吹き上げた。  一時間足らずで駅に付く。 九時の特急であり、まだ少しばかり時間があるので、フェイスは家族と研究室にわずかばかりの土産を買い込んだ。 「おう、これ、持ってけ」  シーラスがフェイスに声を掛ける。  手渡されたのは、葉巻の箱だった。 それも最高級品、ヨースの邸宅で吸ったバナーの葉巻だった。 「いいのか、こんな高級品」  フェイスの手にはなかなか届かない物だ。  だがシーラスは言った。 「俺は金持ちなんだよ」  笑った。  それがやけに悲しげだった。 「そうだな、ありがたくいただくよ」
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