7499人が本棚に入れています
本棚に追加
/666ページ
名前は、いろいろと迷った。
漢字の意味や音の響きで選ぶとしても、無数に選択肢があった。
靖彦さんならどんな名前をつけるのだろう。答えのでない問いを繰り返した。でも、ふと、靖彦さんが望んでいたことを思い出した時に、すぐに決まった。
『男の子だったので、希美彦にします。読み方は、きみひこです』
女の子なら『希美歌』にしようと思っていた。
『良い名前だ。人見の名から一字とったんだんだな。ほかは、なにか、理由があるのか?』
『京都へ桜をみに行った時に、靖彦さんから、自分が、どうありたいかを、訊かれたんです』
その時私は、答えられなかった。
『靖彦さんが、僕は、美しくありたいと言っていました』
桜の花びらのふりしきる中、そう言った靖彦さんはとても美しかった。ただ、その言葉の本当の意味はその時にはわからなかった。
しばらく、山崎さんから返信がなかった。きっと、靖彦さんの言葉の意味に思いを巡らせているのだろう。
『その時に、美しい思い出になることを決めたんだな』
山崎さんの言葉が気になった。
『どうしてそう思うんですか?』
山崎さんには、いろいろなことを話していたとわかっている。
『そのうち話すつもりにはしていたんだが。人見は、病気のことをお前に伝えるか迷っていた』
話してもらえなかったことが悲しかった時期もあった。
あの日の靖彦さんの表情を思い出す。あの時の靖彦さんにはまったく迷いがなかった気がする。
山崎さんの言うように、心から、美しい思い出になりたかったのだろう。
最初のコメントを投稿しよう!