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そうだった、母さんは夕食を全員揃って食べることが大切と言っていた。遅れると、すごく怒られる。
「霊体の本だったから、気になっていたけど。中に入れるとは思わなかったよ」
「全くだ」
出口を探しているけれど、どうやったら出られるのか分からない。
「別のページに移動するか」
典史兄ちゃんと手を繋いで、見えた空の方へ走ってみた。空は出口ではなくて、本に描かれていた、挿絵の中だった。
学生帽の少年が、土手の上を歩く少女を見ていた。土手を吹く強い風に、帽子を飛ばされそうになって見上げた先の少女だった。少女も、髪を押さえ、下の少年を見ている。
「おい、ここは何だ」
少年に、典史兄ちゃんが聞く。
「出会った場所の回想です。ボクの初恋の相手が彼女です」
中学一年といった年齢だった。
「彼女は誰だ」
「ボクの妻で、美鈴と言います。もう何年も前に亡くなりましたが、出会った事は、いつまでも忘れません」
忘れない、忘れたくない思い。
「次のページ」
沢山の文字をすり抜けると、子供に囲まれている女性が居た。とても優しい光景のはずなのに、涙が沢山出てきた。
「叶わなかった夢か」
次は二人で旅した光景、結婚式、大学生活と続いていた。
「死んだら忘れられてしまいました。ボク達には子供が出来ませんでした。彼女が生きていたということを、どうやって残したらいいのでしょうか」
声は聞こえるけれど、姿は見えなかった。蔵に納められていたということは、この人は亡くなってしまっているのだろうか?
「続き書いてあげなよ。せめて、物語だけでも、子供に囲まれて忙しい彼女にしてあげなよ」
直哉兄ちゃんがしみじみ言っている。直哉
兄ちゃんには、霊体とのハーフという弟が居たが、最近亡くなってしまった。
「そうですね」
本から出られない。
「直哉、千里眼」
「はいよ」
この直哉兄ちゃんも、どちらかと言うと天使に近い。典史兄ちゃんは、そのまま天使だけれども、直哉兄ちゃんは人間と半々といったところだった。
「生きているよ、この作者?」
千里眼、直哉兄ちゃん、遠くまで見える。
「出るか」
典史兄ちゃんが、本の中も夢の中も、同じだと呟いていた。でも、夢の中ならば、朝には覚めるけれど、本の中には眠らないで入ってしまったから、どうやったら覚めるのか分からない。
典史兄ちゃんが、羽を実体化して飛ぶと、光が溢れて周囲を照らした。
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