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一
「ううう……、ああっ!?」
人気の無い、夜四ツ頃。
更に人気の無い江戸の外れで薄暗い灯りの中、腹の大きくなりかけていた女性が大声を上げる。
それでも周辺へ響かないのは、建物の周囲が竹林なのと猿轡が影響しているに違いない。
「御新造さん、もう少しの辛抱ですよ……!?」
作務衣に十徳。
丸坊主とくれば、世の中では殆ど医者で通る出で立ちだ。
その医者姿の彼が、している事。
それは、産まれてさえいない赤ん坊の堕胎手術だった。
体内に居る赤ん坊を寸刻みにして堕胎する手術は、危険を伴う為に専門の医者が居る程。
玉の様な汗が医者の頭に浮かぶくらい、神経を擦り減らす仕事なのだ。
ミョウバンや唐辛子の粉末などを調合した薬を含ませ、堕胎し易くはしている。
しかし、それでも失敗する確率は三割を超えるのだ。
「御新造さん、終わりましたよ?」
今日も彼は、いつもの様に成功したと声を掛ける。
しかし、手術台で堪えていた筈の女性からは返事が無かった。
「御新造さん?」
やはり返事は無く、顔にも瞳にも意志の欠片は無い。
「また、死んじまったか……」
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