1人が本棚に入れています
本棚に追加
/18ページ
呼出音が鳴る。
二回、三回、四回…
五回鳴ったが妻が出る気配は無い…。
六回、七回、八回…
…ん?
耳を澄ませる…
あれ?
呼出音が受話器以外からも聞こえてくるような気がする…
後ろだ…
後ろからだ…
後ろから音がする…
その時、ガチャという音がして、「はい…」と聞き慣れた声がした。
その声も受話器だけでなく、背後からも聞こえる…。
どーなってんだ?
俺は震える声で妻に言った…
さ、さっきスマホを水たまりに落としてしまってさ、明日は朝から会議あるし緊急の連絡あったら困るからさ、今から中古のスマホを買ってくるよ。それでさ、今日帰るのおそくなるからさ、野球中継を録画しといてほしいんだよね。韓国ドラマとかぶるけどDVD買ってあげるから許してね。
…とそこまで言ったところで、ブチッと通話が切れた。
一瞬の間の後…
「いいよ!」
後ろから聞こえた声に思わず振り返った。
ま、麻巳子!
麻巳子じゃないか!
よく見ると、後ろに立っていたずぶ濡れのスーツの女性は妻の麻巳子だった。
あれ?でもさっきの髪型と違うぞ…。
「さっきのはカツラよ。カツラ。」
俺の疑問を察知した麻巳子は答えた。
でも、なんでスーツなんか着てんだ…
しかも、傘を俺に渡してなんで立ち去ったんだ…?
「あなたを驚かせようと思って…」
………
はぁー…本当に麻巳子のいたずら好きは困る…。
しかも、こんなにずぶ濡れになって…
ふぅ~…スマホはもういいや。
早く帰って、妻をあたためてやらなくては…
お風呂を沸かしてあげよう。
あたたかい飲み物を入れてあげよう。
お風呂から上がったら今回のドッキリのメイキング話を聞かせてもらおう。
カツラやスーツをどこから調達したのか…。
まさかこのずぶ濡れスーツはレンタルじゃないよな…。
俺は頭の中で一人つぶやきながら、電話ボックスを出た。
そして、開いたビニールの相合傘で妻と帰路を歩き始めた。
「驚かせてごめんね。」
妻は申し訳なさそうに言ったが、その顔が俺は好きだった。
いたずら好きな、いつまでも子どもな彼女が好きだった。
そんな気持ちを改めて思い出した俺は、スマホを水没したことも忘れて、なぜか幸せな気持ちになっていた。
最初のコメントを投稿しよう!