動機の取材

52/52
311人が本棚に入れています
本棚に追加
/582ページ
 辻霧幸人が語った推理は当然世間に公表されるようなことはなかった。  麻香冬実は彼の推理が事実なのかどうかを三柳賢造に問い質そうとも思わなかったし、記事にしようとも思わなかった。公表すれば面白おかしく騒ぎ立てられることは分かりきっている。残された久保夫婦は好奇の目にさらされるに違いない。  冬実は三流週刊誌のような真似だけは絶対にしないと誓った。  これを公表すれば身勝手な理由による犯行ということで三柳の刑は重くなるかもしれないが、一方で精神鑑定の結果により刑が軽くなってしまうおそれもあるのだから。悔しいけれど、仕方がない。  幸人の推理を、久保夫婦に伝えることもしなかった。なんの証拠もない、彼の言葉を借りれば『妄想』なのだから。ただ、久保直子と三柳が同窓生であるということだけは伝えた。それだけは事実なのだ。  久保夫婦が何を思うかは想像もできない。彼らは愛娘の死を乗り越えることができるのだろうか。それだけが心配だった。  幸人は今日も、近所の中学生と呑気にテレビゲームに興じている。 【動機の取材 了】
/582ページ

最初のコメントを投稿しよう!