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──春のある日の夜。
彼に話があると言ったらここに呼び出された。べたべたと触れてくる彼を静止して、そして子供を授かったことを伝えたのだ。
『何で一回ぐらいしただけで子供が出来るんだよ?』
『本当に俺の子どもなの、それ?』
『お前、あんまりうるさくなさそうだし、一度やっちまえば適当に遊べると思ったのによぉ』
そう忌々しそうに文句を言う男は、以前自分に優しく甘ったるい言葉を言って迫っていた男とはまるで別人のようだった。とっさに言葉を失いながらも、思わず男を責める視線を強めると、
『なんだよ、あほか、そんなもん責任なんか取るかよ、さっさとオロセ、始末しちまえ』
『恨みがましい目で見るんじゃねぇよ。金なら半分出してやる。お前もいい思いしたんだからそれで充分だろ?』
──いい思いって何?
彼から無理やりされたソレは、ただただ痛くて苦しくて辛いだけ、だったのに。
『おろせって……?』
震える声で尋ねた。
『さっさと病院に行って始末しちまえよ。 お前もいらないだろ、そんなもん』
男の醜悪な表情と言葉に、めまいが起きる。
『やだよ……小さくても、命なんだよ?』
『絶対……生むから』
『責任とってよね、きちんと父親になってよね。好きだから、結婚したいからって、そう言って嫌がる私を無理矢理に襲ったくせに』
『親に相談するから、貴方の親にも! 仕事先にも……友達にも!』
そう叫んだ瞬間、相手の男がとびかかってきた。首を絞められて呼吸が苦しくなって、意識がふわりと遠のく。
慌てたように男が手を話し、意識を失った私を何度も強請る。
そして息を吹き返さない私を前に、しばらく思案して。
──次の瞬間。
私の体は宙を舞った。くるりくるりと、空を飛ぶ鳥のように。
そして、回転しながら、まっさかさまに落下していった。
鳥になれたら……子供を殺さないで済むかな? 今際の際に思ったことはそんなことだった……。
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