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「……あんさんはどこへ行かはるんや?」  真っ赤なド派手な衣装に身を包み、目の前で獣の耳としっぽを付けたまま、ふらふらと境内を抜けだしていこうとする男に、暁月(ぎょうげつ)は、かじかむ手をもう一方の手で覆いながら声を掛けた。  いつもの通り夕拝の掃除の最中だ。  この後、境内内を掃き掃除し、本堂の拭き掃除をして、ご神体の周りを綺麗に清浄した上で、夕方の参拝をして、神主としての一日の仕事が終わる。  暁月は毎日、毎日、変わらない日々を過ごしている。 「……なんや、暁月か……」  ぴくんと男の感情に連れて動く耳を見て、その耳が紛い物でないことを再度確認して、暁月は思わず呆れた声を漏らす。 「……そないな格好でどこに行かはるんや?」  ほのかにいらだちを含む暁月の言葉に、男は自分のふさふさとしたしっぽを、これみよがしにゆらゆらと揺らす。 「……オレの格好?」  にっこり、目を細めて笑う。機嫌良さそうに。  真っ赤なサンタ帽の合間から、ピクンと耳が跳ねて、しっぽがまた揺れた。 「……コレ? 意外とクラブやと、人気があるんやけど」  部活動とかの【クラブ】の呼び方じゃなくて、チャラい【クラブ】の発音をして、コレ、と指さした淡い金色のしっぽを、苛立しい顔で睨みつける暁月に魅せつけるように、左右に大きく揺らす。  その尻尾は真っ赤なズボンの奥から生えているようにしか見えない。 「めっちゃキュートとかって言われて、女子にモテモテやったり?」  ウインクを一つ飛ばされて、暁月は情けなくてため息をついた。 「慈英(じえい)……」  暁月の目の前にいる男は、人ではない。慈英は物の怪だ。  しかも仮にも千年の齢を生きた妖狐の成れの果てだ。  それが、この姿では相当お粗末だと言わざるを得ない。  まあそれも仕方あるまい。あきらめたように嘆息を落とす。暁月にとっては、慈英は半分は血の繋がった弟でもあるからだ。物の怪で、血の繋がった弟で。
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