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「それなら、このまま……」  そっと指先を伸ばす。  小さく笑みを浮かべて暁月は慈英を見つめる。わかっているけど、大事なおもちゃを手放さなければいけない、そんな子どもみたいな泣きそうな顔をしている。 「ええんやな?」  そう尋ねると、半泣きになりながら、慈英もうなづく。 「ちゃんと産み月まで頑張らはったご褒美や……」  暁月は、笏を持って術式を唱える。  そのまま姑獲鳥の腹を撫ぜる。 「あ……」 「あ……」  ふわりと宙に浮かぶのは、真っ白な柔らかな産着に包まれた小さな赤子だ。  まぶしげな瞳をして、宙に浮かぶ生まれたての赤子を見つめる。姑獲鳥はそっとその子を自らの腕に抱く。 「ありがとう……」  ふわりと、元の姿に戻ったのであろう、翼も膨らんだ腹もない、シンプルなカットソーに膝丈のスカートを履いた姿で、姑獲鳥だった娘は、自らの子どもをその腕に抱いて聖母のごとく、清らかな柔らかな笑顔を見せる。  残された陰陽師と物の怪は、そのまま二人がゆっくりと空に上がっていくのを見つめている。  瞬く星々に吸い込まれるようにして、母親と子供は明るい光の中に溶け込んでいく。  それを呆然と見上げながら、慈英は尋ねた。 「……暁月、何したん?」 「しらん、なんやそうしたらいいような気がして、笏で腹を撫ぜただけや……」 「もしかして、聖夜の奇跡とか、言うつもり?」 「そっちは宗教外や、担当範囲外。しらん、偶然や」  まあ、クリスマスに生まれる予定の子どもやから、そっちの神さんの恩恵とか、なんかようわからんご加護があったんと違う?  そうぼやく暁月の声に重なるように、  緩やかに鐘の音が聞こえて。  どこからともなく、賛美歌が聞こえてくる。  二人のいたはずの場所は、仄かに明るい光に包まれている。 「これで天使とか見てもうたら、俺、絶対キリスト教徒になるわ」 「あんたみたいなややこしい存在に信者になられても、向こうさんも困るばかりやろし、やめよし……」  千年も生きた、物の怪と陰陽師が澄んだ星の降る空を見上げる。  完全に二人の姿が消えて、ぶるっと暁月は寒さに身を震わせた。
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