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*** 「いただきます」  箸を持ち、両手をあわせて挨拶をする。  夕餉時、慈英が居ない時には暁月は一人で食事を作り、一人で取る。  騒がしくなくていっそ落ち着く。と、大きめに切った油揚げの入った青菜の煮浸しを見て、 (……アイツの好物やけど、かまへんか)  ふっくらと出汁を含んで煮上がった油揚げを口に運んだ。  そして彼の一日の楽しみは仕事を終えた後に新聞を見ることだ……。  何年生きてきても、世の中の些事に興味を失えば、生きることすらむなしくなる。  一面を広げると、今日はクリスマスイブ、と書かれている。正直、神職の自らには、宗教違いで一切関係ない。なのに、あ、と不覚にも箸を取り落として、慌ててそれを拾いながら、 「クリスマスイブか……」  思わず言葉に出してしまったのは、あの男の浮かれた格好を思い出したからだ。  そういえば、クラブでクリスマスパーティがあると、先日言っていた気がする。あまり興味もなく聞き流してしまったが、だからサンタクロースの扮装なんていう、派手な格好をして出かけていったのだろう。  九百年近く住んだ京から、江戸……いや東京の下町に越してきて百年余年。  慈英は都会で遊ぶことを覚えて、じゃらくらと毎日、楽しそうに暮らしている。スマホを使いこなし、クラブで遊び、たまには女子とデートもするらしい。  ……まあ、分からないでもない。  千年という月日は、簡単な言葉で片付けられないほど長い。退屈凌ぎがたまらなく欲しくなることもあるだろう。アイツも、妖狐の寿命が尽きるまではあの体と付き合わざるを得ないのだ。  ──それは、自分もおなじことやけど、と小さく暁月は呟いた。  それからじっと目をつぶって、千年前の世界を思い出そうとした。  私が普通の人間の体で。  弟も普通の人間の体で。  あんなだまし討ちのような悪霊退治を引き受けなければ、せいぜい五十年も生きて、寿命を全うできたのに。ある意味、弟をこんな運命に巻き込んだのは私で……。  だからまあ、無聊の慰みとして奴がくだらない遊びをして暮らすのであればそれもまた構わない。  ……ただし、私を厄介事に巻き込まなければ!!  一瞬箸を折りそうなほど、掌をキツく握りしめてしまった暁月は、慌ててその掌を伸ばし、両手をあわせて、食後の挨拶をした。
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