第1章

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かしゃん。 水晶のように、透明な声が聞こえた。 割れた。砕けてしまった。あの人の宝物。手のひらサイズの硝子の立方体。涼しげな光が万華鏡の如くいつも煌めいているのに、陽光めいたほのかな暖かさの残る箱。箱だった。 私が手を滑らせたのだ。私のせいだ。あの人の宝物を。私の足元には粉々になった大小の欠片が無秩序に散らばっている。 あの人は笑って私を許してくれた。「もう捨てるつもりだった」と。 にもかかわらず、立ちすくむ私の眼下、あの人は縮こまって砕け散った硝子の破片を必死に掻き集めている。地べたに這いつくばって、縋るように、懺悔するように、破片を探し続けている。欠片を全て集めきったとして箱の姿に戻る訳が無いと説いても、細かな破片がその白い指を刺して床を赤く染めても、ずっと、ずっと。 本当は壊れたのではない。壊したのだ。あの人はずっと箱の中でいたから。出て欲しかった。確かに「出たい」と言っていた。私こそが、出してあげたかったのだ。 あの人は出てこなかった。まだあの場所に居たかったのだと、丸まった背中が血を流していた。 不意に、あの人と一緒に海に出かけた記憶が浮かびあがった。波に崩れそうな砂の城を二人で砂を付け足し付け足して、びしょ濡れになりながら夢中で守ったことを思い出した。 あぁ、そうしてやれば良かったのか。でも、私ではあの人を出してやれないのだな。 足元の小さな欠片を見つけ、あの人の隣で腰をかがめると欠片はきらりと瞬き私を嗤った気がした。
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