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一期一会
京都の夏の風物詩・鴨川納涼床の提灯が、川面の魚影を浮かび上がらせ、満天の星空と微かなせせらぎの水音が、剛に夏の終わりを告げた。子育てと夏の暑さにバテ気味だった母カモは、羽根を伸ばして水浴びを満喫していた。その周辺を五羽のヒナが、近づく巣立ちのウォーミングアップをしているかのように羽根を必死にばたつかせていた。しかし、その中の一羽のヒナが母カモから少し離れ、もがき苦しむ姿が可笑しくもあり、痛々しくも思えた。
偶然の観察を見届けた剛は、
「頑張れ!」
「頑張れば何とかなるさ! 諦めるな!」
「早く、親離れしろよ!」
「俺を見習え!」と、
五か月前の自分に重ね合わせ、勝ち誇ったような熱弁を振るっていた。
サッカーに没頭していた時もそうだったが、剛は何かに集中すると次第に周りの音や不測の事態を招くであろう危険信号が、耳目から遠退く傾向があった。自分さえ良ければいいと自尊心がマグマのように燃え上り、ブレーキが利かなくなった。
今回もそうだった。キャンパスの中庭で耳にした、
「無茶はするなよ!」と言う警告や、
「一日一回だぞ!」と言う不埒者の掟など剛の頭の中から完全に消えていた。稼げるだけ稼げと言う金銭への執着心が剛の行動をより大胆にしていった。
金の亡者に取り憑かれたかのように、剛は毎朝八時三十六分発高槻行きに飛び乗り、精力的にパチンコ店へ通った。土曜も日曜も祭日も、剛の暦の中には存在しなかった。しかも、図に乗って先週からは午後一時と五時のサービスタイムにも帽子とサングラスで変装し、身勝手な隠密行動を繰り返していた。
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