プロローグ   新たな旅立ち

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プロローグ   新たな旅立ち

 人影のない薄暗いエントランスで、剛は、孤高の終局に心臓の鼓動が昂進した。 「これは! …・…」 無明の闇の中、ピクトグラムで描かれた緑色の誘導灯と消防法で定めらた火災報知器の常夜灯が、不可思議なコントラストを彩色した。 「まさか!…・…まさか!…」 目が興奮に輝いたが、その直後、季節外れの雷鳴とともに一筋の閃光が走り、剛は視界を奪われた。しかも、剛の瞳の奥に、越えてはいけない境界線が目の前にある事も知らずに悪事に手を染め、もがき苦しむ剛の夢の中に突然現われたあの時の精霊が、四十数年の長い歳月を経てスポットライトを浴びたかのように蘇えった。 そして、 「カチ」「カチ」「カチ」「カチ」と、 壁掛け時計の千篇一律のリズムにあわせ、あの時の精霊は、正確な記憶を捜し求めるかのようにゆっくりとゆっくりと剛に語り掛けた。 「森羅万象、すべて教訓です」 「考え方が変われば行動が変わります」 「行動が変われば人生が変わります」 「お疲れ様でした。ご苦労さまでした」 「人生を謳歌しましたね・… 」と。  剛の手足の筋肉は収縮し、口元は凝り固まり言葉の自由を失くしていた。実際には数秒ほどの予期しない出来事だったろうが、長い映画をみているように時間は流れた。  そして、漸く、雷鳴は息を潜めたように静まり返った。  そこには冷ややかな薄暗闇があるばかりだったが、ブラインドカーテンだけが蝶の舞のように不規則に揺れ続けていた。  この心霊現象は、単身で仙台へ乗り込んだ運命のシナリオが、物静かに幕を閉じた瞬間でもあった。  午前二時、剛は物音一つしない事務所を見渡した。だだっ広く殺風景だった黎明期の空間は、今や所狭しとパソコンや事務機器、そして、壁一面にキャビネットが立ち並び、その視野の至る所に苦楽を共にした同僚の笑顔と気迫が鮮明に浮かび上がった。そして、彼らの一挙手一投足が一瞬の熱い風のように剛の胸の中を吹き抜け、右手首は無意識の内に乱舞した。
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