天の加護

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 夢も希望も失い、重い足取りで裏道を隠れるように通学していた貧乏学生が、幕末の池田屋事件の舞台になった木屋町近くのパチンコ店に、邪悪な野望を秘め一路驀進するという日々に明け暮れていた。それが、生計を立てる唯一の手段だと信じて疑わなかった。母親手製の弁当を二個リックに背負い、午前八時三十六分発の高槻行きに乗車する毎日が、剛の大学生活のすべてに移り変わっていた。    五月の連休明けの月曜日、剛は午前九時三十分にパチンコ店に着いた。今朝は幸運にも先頭から三番目の好位置を確保できた。数分後には、顔見知りの常連客が顔を揃え、小学生が徒競争をするように綺麗な隊列を組みながら心静かに開店を待った。剛は風になびいたように先輩達に頭を下げ、互いに目で挨拶を交わした。顔見知りでも言葉も掛け合わずに他人行儀に振舞うのもこのパチンコ店に足繁く通う無頼漢の「暗黙の掟」だと、つい先頃知り得たからだ。  このパチンコ店にも当然と言うべきか、同じ穴のムジナが先輩風を吹かしていた。新参者に立錐の余地など皆無だった。ただただ見物しているだけで、お手上げの状態が続いていた。しかし、六日後の朝、毎日先頭に陣取る年配者から、 『兄ちゃん、案外しつこいな…・…』 『小遣い銭稼ぎか?』 『この店で稼ぐにはこの店のルールがあるから教えてやるよ。こっちへ来な!』と、 凄みを利かせた声で、剛の袖を強引に引っ張った。  その男は駐輪場の片隅で、   「朝九時前には並ばない」   「一番に並んだ者からホールの左の列を狙う」   「十人以上は並ばない」   「他の列には決して手をださない」   「一日一回で終わる」     「店員には会釈を怠らない」   「煙草の吸殻やゴミは持ち帰る」と言う、 単純に徒党間の不埒な黙約でもなく、無遠慮な容姿とは裏腹に、パチンコ店にかなり気を使っているものであった。そして、その男は、 『これを守れば明日から仲間に入れてやるよ!』 『約束を破ったら即出入り禁止だぞ!』と、 あたかも自分がこのパチンコ店の地主か、或いは郎党の長であるかのような言い草であったが、この日を境目に、剛は先輩達の末席に加わることを許された。   
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