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一度選択肢を誤れば、後戻りが難しいのが人生だ。尚更、達が悪いのはその事に心当たりがないことだろう。反省も後悔もない剛には、指先に備わった稀有な才能を発揮し、朝な夕なに荒稼ぎをすることが生きる道と信じていた。
しかし、剛の浅墓な幸運がそんなに長く続く筈もなかった。なんの躊躇も迷いもなく午後一時の稼ぎを終えた九月三日、
『兄さん! 兄さん! 待てよ!』と、
頭を突き抜ける怒声と共に、何者かが背後から剛の右腕を鷲掴んだ。急ブレーキを掛けられたような衝撃が全身に走り、咄嗟に身を覆う防衛本能が働いたが、その腕力の差は歴然としていた。顔を歪めた瞬間、
『事務所に来てくれるか!』
『話がある!』と、
ドスの利いた低い声が剛の三半規管を奪った。そして、振り向きざまの剛の肩越しに、クマのように屈強で鬼瓦を空想する風貌の大男が聳え立っていた。
「やばい!」
「逃げられない!」
「こいつは、何者だ!」
「俺は、如何なるのだ!」と、
蛇に睨まれた蛙のように剛の全身は硬直した。先程までの模造の金字塔と苦肉の計が台無しになる絶体絶命の窮地に追い詰められた。
「無理だ! 勝負にならない!」と、
剛は運を天に任す以外に選択する余地は皆無だった。頭の片隅に、〝無茶をするなよ〝〝一日一回だぞ〝との忠告がぼんやりと過ぎったが、時すでに遅すぎた。
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