一期一会

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『ここ数カ月その繰り返しでしたね。いずれは気づくと思い、見て見ぬふりをしていましたが、あなたはそれを逆手に取り、事もあろうに変装までして玉を抜き取っていたのです。このまま放って置けば、ますますエスカレートすると判断し、今日、声を掛けたのですよ!』 『もう、我々も我慢の限界です。あなたにも理解して頂けますよね!』と、 やさしく諭すような口調であっが、その眼光は氷柱ように冷たく鋭かった。  剛はこの機に及んで、漸く自分の置かれた立場と、知らなかったとはいえ犯罪行為を繰り返していたことを自覚し、血が逆流するような恐怖に襲われた。世間知らずの青二才さを悔いたが、どうすることも出来なかった。 『大学生ですか?』 『遊ぶ金欲しさの企みでしょうが、詐欺罪で警察に通報しましょうか!』 『それとも、大学・ご家族に連絡しましょうか!』 その男性は、警察の尋問とも、裏世界の洞喝とも取れる言葉を連射砲のように浴びせた。剛に反撃する勇気や太刀打ちできる術など、どこにも見当たらなかった。 「警察沙汰に成れば、奨学金は停止されるだろう! 退学処分もあり得る。母親の嘆き悲しむ顔だけはは見たくない!」と、 意識が朦朧とする中、ただただ喪失感と孤独感と絶望感に五臓六腑が悲鳴を上げ、剛はその場に糸が切れた操り人形のように膝から崩れ落ちた。 『申し訳御座いませんでした!』 『二度と致しません! 大学、両親への連絡は勘弁して下さい!』と、 嗚咽と共に床に額を擦りつけた。何を言っているのか、何を言いたいのかも曖昧だったが、狂った犬の遠吠えのように特待生の夢が破れたことや両親が家を買ったことや授業料を稼ぐ必要があることを必死に叫んでいた。  嗚咽の声を漏らして身悶える剛の頭の上を作為的なのか、それとも二人の日々の儀式なのか、長たらしいひそひそ話が剛の耳に尾を引いて通り過ぎた。  「どうする心算だ…・…」と、剛の指呼の間を嫌な予感が冷たく流れた。    肩で息を繰り返す剛に、その男性は、頃合いを見計らったかのように、 『さて、如何しましょうね』と、 独り言のように呟き、
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