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森羅万象すべて教訓 その1
カーテン越しに肌をすり抜ける冷たい風と、眼下に美しく広がる比叡山の深緑が夏の終わりを感じさせた。
「今日からか… 気が重い…」と、うわ言のように呟いた。
一週間前までの邪道な闘争心とは打って変わって、自身の不甲斐なさに自己嫌悪を抱きながらパチンコ店へ出勤する最悪の局面、九月の第三土曜日を向かえた。二階の部屋から庭先で植木に水をやる母親の頬骨の張った横顔が目に入った。ここ数カ月、母親が化粧を施している顔は見ていない。化粧品を買う金もないのか、それとも、節約しているのかは聞けないが、どことなく不憫に思えた。
「今日から、パチンコ屋で…・…」と、
声にならない声が唇から漏れた。昭和一桁生まれの母親にすべてを正直に話すには時代背景と価値観が違い過ぎていたからだ。
剛は、早目の昼食を済ませ、
『今日は終電車になるから、寝ていていいよ…』と、
台所に立つ母親の後姿にぶっきら棒に言った。正面を向き合って嘘を衝こうとすると唇が震えることを、剛も母親も知っていたからだ。当然、京都駅構内で配送のアルバイトをしていると信じている母親は、
『余り無理しないでよ。学生の本分は勉強だからね。頑張って、一部に編入しないと!』
『夜食を用意しておくから…』と、
慈愛に満ちた言葉が、剛により一層の罪悪感を与えた。剛の心底に、今にも胸が張り裂けそうな思いが猛威をふるい、
「許して! ごめん!」と、
声を押し殺し、急き立てられるように自宅を逃げ出した。
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