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バコの吸殻回収を舌先三寸で言い放ち、
『が・ん・ば・れ・よ…・…』と、
からかうような、嘲笑うような皮肉な笑いを浮かべながらその場を去っていった。
人間には観念することも必要だろうが、人生の最初の仕事がトイレ掃除となるとそうは簡単に気持が吹っ切れるはずもなかった。心を締めつけられるような息苦しさを感じながら、剛はトイレ清掃に取り掛かった。しかし、
『にいちゃん! 邪魔や! どけ!』
『助平! 覗かないでよ!』と、
剛を人間として扱わない連中の罵声が異臭の空間を飛び舞った。便器の茶色や黄色の残滓が、顔の半面に接着剤でも塗ったようにピッタリとくっついたが両手を塞がれた状態ではなす術もなかった。無言のまま闖入者の視線を避けることだけが剛に残された唯一の抵抗だった。
「情けない! 惨めだ!」
「悔しい」と、
不甲斐ない自分の姿に涙が溢れた。汚物と悲涙が溶けたチョコレートのように調合しながら剛の口元を流れ落ち、剛の胸の中に言いようのない疎外感と憤懣と憎悪がより一層膨れ上がった。
剛は強烈な原始的な匂いを道連れに駐車場へひた走った。しかし、そこも安楽の地ではなかった。竹ぼうきで履いてもトングで拾っても、又、誰かが無頓着にゴミを投げ捨てた。終わることのない悪循環は、傷口に塩を塗られたような失望と後悔と虚脱感に見舞われた。冷たい秋雨が全身に直撃し、顔面の汚れは綺麗さっぱり流されたが、心の傷までを癒すことはできなかった。
「一層のこと、このまま雨粒に打たれて病気にでもなった方がましだ!」と、
これが剛の偽らざる気持ちだった。
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