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挫折
眠りの扉が開かれ、剛の夢境の中に風光明媚な牧歌的田園地帯が一面に広がっていた。図らずも、剛が生まれ育った故郷の光景だった。
剛は昭和三十二年六月十一日、父・隆治と母・八重子の長男としてこの地で産声を上げた。江戸時代には、「京立ち守山泊まり」と言われ、西から江戸に向かう人々の最初の宿場町として賑わいをみせた。近年は、京阪神のベットタウンとして人口が急増したが、今でも旧中山道には風情な古い家並みが保存されていた。
地元の小・中学校を卒業した剛は、高校三年生の冬、正月恒例の全国高校サッカー選手権大会で活躍した。地元紙やサッカー専門誌のインタビューにも英雄気取りで接していた。顧問の教師は、
『今日もいくつかの大学から偵察にきているぞ!』
『彦坂! 推薦入学は確定だな!』と、
グラウンド全体に響き渡るような大声で剛を鼓舞した。
世の中が自分を中心に廻っているような錯覚の中にいた剛は、試合の結果よりも人目を浴びる自己本位なプレーに執着していた。それが、才能ある人間の特権だと思っていた。そして、特待生として有名大学の進学を信じて疑わなかった。親戚縁者や近所の井戸端会議でも、
「大学進学は、特待生として推薦されるらしい!」
「剛の将来は安泰だな!」と、
地元のスター誕生を待ち望んでいた。
剛自身も宙に浮くような噂に満更でもなく、うっとりするほどの幸福感に酔いしれ、胸の奥は雄叫びのような金字塔に満ち溢れていた。正門で制服の第二ボタンを女子マネージャに渡している姿、後輩サッカー部員に胴上げをされている姿、地元放送局のアナウンサーに囲まれている姿、そのような意識の内側で編成された妄想を馳せていた。
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